INTRODUCTION

元々、事の発端は、501というバンドで活躍していた、ベースプレイヤー、しのだたかのりと古い友人であった河合政宏(ex馬の骨)との再会であった。
互いにプライベートにおいてさまざまな問題に直面していた二人が「心のリハビリ」と題して、ローリングストーンズ

しのだたかのりと河合政宏
のようにしなやかで、村八分のようにワイルドで、トムウェイツのようにリアリティあふれた音楽をしたい、という事で意気投合し、メンバー探しを始めたのである。


時は、1999年。様々なセッションを繰り返したのであるが、思うようなメンバーが見つからず、互いに悶々としていた頃、名古屋ではもうすっかり老舗的存在として定着しつつあるロックバー「テラゾ」
にて、河合政宏とEIRIが

円頓寺商店街にあるロックバー
「テラゾ」のマスター・栗山純氏
出会うこととなる。EIRIも同様にミュージシャンとして悶々としていた時期であり、すっかり意気投合となりまた、501の活動にも支障が出てきた、ということも

あり、そのまま501のパワフルなロックドラマー坂野たけしが入り、初期「ごくつぶし」 の面子が揃ったのである。


坂野たけし

初期ごくつぶし

と、ここまで記せば、妙なまでに「訳あり」の面子でのバンドがスタートしたのではあるが、「創作活動」においては、ノーマルではない人材が集団を作ることは”強み”において他はないのであろう。

一年強の活動の中で、突然ドラマー坂野たけしの脱退宣言により、以前から、ごくつぶしに興味津々であった静岡県出身のドラマー位田達彦が参加することとなりアルバム製作を同時に決意する。

様々な人達の協力により、「人間を描く」が製作されたのであるが、本格的に地方でのパフォーマンスまた、平日においてのブッキングを希望していた(というより、ほぼ社会において暇な人材とも言うべきか…)河合・EIRI・位田達彦としのだとの間に
二代目ドラマー位田達彦

ギャップが生まれ、3人でしのだに「会社を辞めるか、バンド を続けるか」という究極の選択を迫ることとなってしまった。あいにくしのだは「人間を描く」のレコーディング終了後脱退となるのであるが、現在においてもごくつぶしの面々の「頼もしき兄貴分」である。
ちなみにEIRIの現在のメインギターであるギブソンES−335TDはしのだ所有のギターを使用している。「いつもステージにしのださんを連れて上がる」との思いで使っているようだ。


京都拾得でのライブ
そして、EIRIの旧友でもある都築健太郎が2002年11月より加入し、関東、関西でのライプパフォーマンスを重ねつつセカンドアルバムを製作することとなる。


セカンドアルバムリリースのきっかけは、キャプテントリッ プ・レコードの代表取締役、松谷KEN氏の一言であった。「うちからごくつぶしをリリース したいんだけど。村八分のように、ライブ版でレコードを作り、村八分の成し得なかった”その後”を実現させたい。」 その一言により、各ライブごとを音源 にしていく作業をし、キャプテントリップ・レコードに送るという主旨を、河合の旧友であり、名古屋のライブハウス「DAYTRIP」代表取締役であり、セカンドアルバムのトータルプロデューサーでもある春日井直樹氏に持ちかけたのである。
セカンドアルバムの元となっている音源は、2004年2月22日、DAYTRIPにおいてのライブパフォーマンスがそのメインである。

その音源に、春日井 直樹氏がシタール・オルガン・バイオリン等にてかなり手を加えたところ春日井氏が、「この作品をDAYTRIPレコードでリリースしない?」ということとなったのである。
ごくつぶし&春日井直樹


キャプテントリップ・レコードの松谷氏との話し合いもスムーズに行き、「赤く染まる注射針」がリリースされたわけである。
ライブ版でもなく、純粋なスタジオ録音でもないこの「赤く染まる注射針」は、相変わらずのEIRIのブルースフィーリング溢れるギターワーク、ルーズ感・ グルーブ感溢れる位田達彦(Dr)、都築健太郎(Ba)のリズムセクション、独自のタッチワークの河合政宏のサイドギター、そして何と言っても、河合の詩の世界である。
都会生活においての孤独、草臥れた女たち、常習犯罪者の生き様等、ファースト同様かなり社会の底辺にスポットをあてた人間臭いものに仕上がっており、それに「名古屋が生んだ超奇人変人サイケデリックミュージシャン」春日井直樹が、妙なまでにかみ合い、他に類を見ない圧巻のサイケデリックブルースアルバムと仕上がっている。

その後も名古屋DAYTRIPを中心に東京、横浜、大阪、京都と活動の場を広げ、ロック界の大御所たち(ブルースビンボーズ、The GOD、遠藤ミチロウ、デヴィッド・ピール、だててんりゅう、DMBQ、マーブルシープ、Zi:LiE-YA etc…)やインディーズシーンの個性溢れるバンドたちとの共演を経て、より音楽性を深化させていった。
その結果生まれたのがサードアルバム「娼婦を憐れむ歌」である。


松谷KENとMARBLE SHEEP
ファースト、セカンドはそれぞれにプロデューサーをたてて製作されたのであるが、サードアルバムはその根底に完全セルフ・プロデュースというのがある。録音は全てスタジオ内でのライブ・レコーディングにて

生々しいサウンドに仕上げられ、そのほとんどがジャム・セッション的な1〜2テイクでの収録であった。
位田の自由な時間軸の中をダンスするようなドラミングに、地を這いウネるようにグルーヴする都築のベースが絡み合う。悲痛な叫びを上げ続けてきたEIRIのギターはさらに鋭く重く研ぎ澄まされ、何物にも代えがたい河合の言葉は社会の暗部や日常に潜む狂気、恐れ、哀しみを時にあけすけに、時に激しく吐露する。

そして松谷氏のはからいによりキャプテントリップレコードより全国発売となり、各誌方面、様々な方からの反響・評価を得ていた矢先の位田の突然の脱退宣言であった。

東京・横浜・大阪・京都・岐阜・名古屋でのライブののち、ごくつぶしはしばしの活動休止にはいる。バンドにとってもメンバーにとっても休養が必要だったのかもしれない。
そして2006年9月、名古屋のガレージロックバンド・ハネウェルビッチから堀畑貴彦を迎え、第三期のごくつぶしの幕が上がろうとしている。

     (一部セカンドアルバム「赤く染まる注射針」ライナーノーツより抜粋)


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